大塩の塩井
 旧米沢街道大塩宿の桧原、細野道の岐路にある。弘仁3年(812年)、空海が老婆の家に泊まったところ、塩が乏しいのを知って護摩を焚き、17日目に岩中から忽然と塩の湯が湧出たと伝えられる。大沢と呼ばれていた集落も以来、大塩というようになったという。東井、西井の2カ所あったが、昭和42年の大塩大火以後、西井は取り壊され、東井だけが残っている。