裏磐梯エコツーリズム
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第 8 回裏磐梯学 「噴火後の / 湖と電力開発史」を受講しての感想

小野 明

本講座を受講して改めて強く感じた事は、「かけがいのない美しい裏磐梯の自然を大切にして、後々の世代に引き継がなければならない」と、使命感とも言える思いでした。

最近の観光のあり方がマスツーリズムからエコツーリズムに変わりつつ有り、徐々にエコツーリズムの意義を理解して、自然を大切にする心が芽生えてきた事は喜ばしいのですが、まだまだ、裏磐梯の美しい景色を見て「この眺めは磐梯山の噴火で出来たのよ」と、放言に近い会話を耳にする度に、裏磐梯成り立ちの歴史が知れ渡っていない事を残念に思っておりました。裏磐梯は磐梯山の噴火から 110余年を経ており、この間自然界の営みで形成された景観も多いが、噴火後の歴史の中に書き記されている「先人達が後世の事を思い、膨大な私財と労力を投じて造り上げた広大な樹木林がある」事を再認識しました。後世のためにと苦労された先人の思いを受け継ぎ、我々はこの素晴らしい裏磐梯を無傷の状態で後世に引き継ぐために、官民一体となって保全管理のシステム作りと対策を、早急に実行しなければならない事態と時期にあると感じた次第です。

受講した磐梯山の噴火後の歴史には、自然、文化、人々の生活等さまざまな記録が残されているが、特に自然景観創造の歴史の一端に触れて、先人達の遺業を顕彰することにより、真剣な自然保護と保全の必要性に共感していただければ幸と思います。

今から 117年前の1888年・明治21年7月15日の磐梯山噴火は、世界的にも例が少ない水蒸気爆発で小磐梯山を一気に吹き飛ばして、その岩石流が桧原本村の近くまで達し、死者・行方不明者数477名の大惨事となった。その年の秋には満水で秋元湖ができ、翌年には小野川湖に次いで桧原湖が誕生した。その後月世界を思わせるような岩石の山に降った大雨で湖が溢れ、土石流となって下流の猪苗代地区が7回も災害に見舞われた。この防災工事として官行事業で堤防工事が進められ、更に裏磐梯3湖の水力活用とした発電所の建設に伴い、堤防・水門が造られて現在の美しい湖が守られている。

一方、特筆すべき事は、我々が何気なく素晴らしい景観として眺めている湖沼周囲の赤松林が人工的に造られたことである。噴火から 14年後の明治35年に、現在の塩川生まれの白井徳治と喜多方の資産家・

矢部長吉が私財を投じて、それぞれ噴火口の下と五色沼周辺の官地を借り入れ、数十万本の松ノ木を植樹した。矢部長吉の事業は後に若松の遠藤十四郎(現夢)が引き継いで大正 8年に植樹を完成した。この様に私財を投げ打っての大事業のお陰で、現在の素晴らしい景観を眺める事が出来る。平成13年福島民報社発行の「磐梯山」に記載されている一節によれば、遠藤現夢は「なぜ木を植えたのか」と尋ねられたら「おれや、お前の時代は役立たない。子孫や国家のために役立つ時がくる。」と答えたと言う。他には東洋のスイスを夢見て尽力された宮森太左衛門など、多くの先人達の心意気と想像を絶する苦労のお陰で、現在の素晴らしい自然景観があることを忘れてはならない。

 その後、近年においては水力発電や観光開発事業の推進、生活環境改善事業、地域住民の献身的な地域造り等で整備された施設や道路のお陰で、我々は国立公園となった裏磐梯の恩恵を授かっている事を忘れずに、エコツーリズムの意義を良く理解し、かけがいのない自然豊な裏磐梯を大切にして、後世に引き継がねばならないと、

 

   

【エコツーリズム入門国立公園】エコツーリズムとは、その土地ならではの自然や文化、歴史や名人などの資源を守りながら、ガイドさんの案内によって楽しく体験し、地域振興に結び付けていくことです。裏磐梯はエコツーリズムの楽しさをたくさんの方々に味わっていただける「エコツーリズム入門国立公園」。このサイトは、裏磐梯の'エコツーリズム体験情報を提供しています。


 
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